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Contents

構成 前書き
1章 2章
3章 4章
5章 6章
コラム集 後書き

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桃井富範個人のページ

飴玉と子供達の例で簡単にわかる4つの戦略

  タカ、ハト、ブルジョワ、聖者という4つの戦略の違いは、飴玉と子供達を例にするとわかりやすいでしょう。
  部屋に子供たちがいて、真ん中に人数分の飴玉が置いてあります。ここでいう子供たちが欲しがる飴玉とは資源であり、飴玉に対するそれぞれの子供たちの行動が戦略です。
  タカ派戦略を取る子供は一人で全ての飴玉を手に入れようとします。とにかく飴玉が好きで(関心の欲求が+)欲しくてたまらない(所有の欲求も+)ので、他の子供たちと喧嘩しても構わないのです。
 一方ハト派戦略を取る子供は飴玉は好きだけど(興味の欲求が+)、独り占めは我慢するので(所有の欲求は−)自分も含めてみんなで仲良く分けます。資源を平等に仲良く分配しようというのがハト派戦略の基本行動です。

 飴玉は好きでもないが(興味の欲求は−)一応手に入れておきたい(所有の欲求は+)ブルジョワ戦略を取る子供は手に入れるけど、食べずに貯め込んでおいたり、飴玉を自分の欲しい例えばチョコレートなどと交換する。あるいは飴玉を使って他の子供たちに自分のしてほしい事をしてもらいます。「今、飴玉一つ挙げるから今度飴玉を君が持っている時に沢山ちょうだい」と言って飴玉を貸すような行為もブルジョワ戦略的な行為です。
  この全ての行為に共通しているのは、自分が手に入れた飴玉(資源)をより価値のある資源(チョコレートや自分のしてほしい)に変えたり、増やしたり(食べずに貯め込んでおく、あるいは飴玉を貸す)しようとする、原初的かつ典型的な経済行為だという事です。
 一方で飴玉に興味を示そうとせず(興味の欲求を抑制)、欲しがりもしない(所有の欲求を抑制)聖者戦略を取る子供は自分は飴玉を貰わないでみんなにあげます。飴玉(資源)に対する欲望を抑える代わりに皆に感謝されるという戦略です。

日本にはタカ派戦略グループ内タカ派戦略(軍隊)が存在しない

 という事実について考えてみましょう。第2次世界大戦終戦までは、当時大日本帝国と呼ばれていた日本にはタカ派戦略グループ内タカ派戦略を行う軍隊が存在していました。
  しかしながら大戦に敗れ終戦を迎えた後の新憲法では日本に勝利したアメリカを中心とする連邦国側の意思もあって日本はもう戦争を行わないという趣旨の憲法9条が成立し、日本よりタカ派戦略グループ内タカ派戦略を遂行する軍隊が無くなりました。
  その後1950年に朝鮮戦争が勃発し、日本ではその防備の為もあって自衛隊が開設されましたが、憲法9条に基づいて開戦の権利を持たない、日本を防衛するという主旨だけの組織でした。
  その後日本の沖縄には在日米軍基地が設置され、日本はアメリカの核戦力に保護されて(核の傘)著しい経済発展を遂げますが、同時に支配権を握られ、タカ派政治家からはアメリカの奴隷国家だなどという批判も噴出しています。
  憲法9条はこうして度々改正の議論がされてきましたが、第2次世界大戦以降日本で戦争による死者が出ていないのはこの憲法のお陰ともいえます。
  この機会に日本の軍隊と憲法9条について思いを巡らせてみてはいかかでしょうか。 

生殖本能とタカ派戦略による独裁政治の悲劇

 筆者はただいま男性の拡散型生殖能力から発生する万人の万人に対する闘争(タカ派戦略行為)ついて説明を行いました。
 
ここでワンポイントアドバイスをいたしますと、男性の拡散型生殖能力から発生する闘争本能(タカ派戦略行為)は人間が人間になる以前から遺伝子にプログラミングされており、それゆえにタカ派戦略は半ば無意識に行われる場合があります。

  ところで人類の歴史上、数限られた統治者が国家などの権力を掌握する絶対主義や独裁主義が主に中世国家に登場し、権勢を振いましたが(そのような国家は現代社会においてもいくつか存在するようです)、そのような国家では虐殺・粛清など必ずと言っていいほど目を覆うような悲惨な出来事や、ハーレムを作って異性を独占するなどの事態(当然ながら統治者が男性である場合に起こりやすい)が起こっています。
  そして、そのような惨劇の何よりの原因となるのは絶対主義や独裁主義において構成員が誰も逆らえない完全無欠の存在であるとされる統治者が持っている意識無意識のタカ派戦略本能であるといっていいでしょう。
 どんな人格者であろうとも、独裁統治が悲劇を産むのはこのためです。

スパイト行為―制裁の構造

 筆者は4章『彼氏彼女の安定戦略』の安定戦略の項目を説明する際、制裁という言葉を用いましたが、このような制裁を表す用語がゲーム理論には存在しており、スパイト(いじわる・嫌がらせ・制裁)行為と呼ばれています。
  スパイト行為は様々な規模で、様々なコミュニティで実行されています。
  今回の場合では、付き合っている異性に、誰かがそれを知って恋愛を行おうとする場合制裁行為を受けてしまいます。その範囲は学校のクラスや職場などで、その内容は周囲の冷遇やシカト(無視)、悪い噂を流される等です。
  このようなスパイト行為は様々な規模のコミュニティで実際に行われています。
  例えば国家には司法機関が存在しており、法律という約束事を破った人間に法に基づいて刑罰が与えられますし、村などの小さなコミュニティでも、そこの掟を破ってしまえば村八分といって周囲から冷たい仕打ちを受けてしまいます。
  更に宗教の世界でもその戒めを破ってしまった宗徒には時としてそのコミュニティから破門といって謂わば絶縁されてしまうことがあります。
  更に国家同士の国際社会などでも無意味に他国に戦争を仕掛けたりする国家にはその国家との輸出入を取りやめる経済制裁などが時として発動されます。
  ちなみに、このスパイトという行為はそのコミュニティの秩序や治安を維持するという意味で効果があり、抑止力と言う点で秩序や治安の維持に役に立っている部分があります(例:刑罰の存在で犯罪を抑止できる)。
 しかしながらスパイト行為は基本として、そこの構成員の利害を基にしている為、マクロの視野からは過ちであるスパイト行為が行われることがあります。
 例えば日本では治安維持法という悪法のもとに言論の自由に反する弾圧が行われましたし、ドイツのファシズムやロシアの粛清、中国の文化革命などでも罪のない多くの人々の命が奪われました。
  必然的に何らかの組織に所属している私達は(この文章を読んでいるほとんどの人は日本国家に所属しているはずです)、スパイト行為を受けないようにコミュニティの規則を履行しながら、誤っていると感じたり、疑問を感じたスパイト行為であれば、是正していこうとする心構えが必要だと言えます。

フランスの新たなる結婚形式―フランス婚PACS―

 筆者は安定戦略としての結婚を説明した際に、結婚そのものの制度も危ぶまれていると書き添えました。
 
その理由としては、日本の結婚制度を例に挙げると、結婚という言葉に女と氏という言葉が使われているように、結婚という制度は家と家というようなつながりが深く、現在の個人主義の進む社会では抵抗感を感じる人が少なくないことや、同様に同居義務や夫婦財産制、共働きなどが普通となりつつある社会の自立心の高い男女にとって敬遠されてしまうこと、結婚の契約解消である離婚に伴う費用や精神面の様々な困難などが挙げられます。

  ところで、そのような義務を縮小した新たなる結婚の形がフランスで現在行われており、PACS―日本では一般にフランス婚と呼ばれています。
 その特徴はカップル契約の内容を結婚とは違って自由に作成することが出来ることや、どちらか一方の破棄だけで契約を解消することが出来ることなどで税制上の優遇措置も受けられるとあって、自立心の高い男女のゴールばかりでなく、結婚を思いとどまっていたカップルにとっての結婚の前段階としても機能しているようです。
 ヨーロッパに広まりつつあるこの制度、日本で採用される日も遠くないかもしれません。

売春について

  売春は傭兵や医者等と並んで最古の職業だったとされており、人類のベストセラー古典である聖書にも売春をした女性が登場しています。
  そもそも売春という行為は人類に始まったことでないというのが最近の研究では明らかにされており、チンパンジーやゴリラなどの霊長類でもオスの攻撃を避け、食糧を分けてもらう為に性サービスを提供するという売春に似た行為が観察されています。
  ちなみに筆者は組織戦略の項目で今人類が行っている様々な職業行為を分類していますが、売春は霊長類の社会ではオスの食糧、人間社会では男性の金銭を目当てにして行われていることを考えるとブルジョワ戦略と言えるでしょう。
  ただし、人類における売春行為は古代神聖な儀式として神殿などで行われていたという記録が残っています。
  確かに性欲を貯め込むことで自らの動物本能に苦しんできた男性達にとって彼らをわけ隔てなく受け入れ、その理性を取り戻させてくれる彼女たちはある意味で神聖な存在と言えるかもしれません。
  実際、日本でも風俗業界で働き男性を鎮め安らぎを与える女性たちは時として男性達の間で聖女などの名称で呼ばれています。
  解釈は様々ですが売春を2章で説明を行った16の組織戦略で敢えて分類するならばブルジョワ戦略グループ内聖者戦略というのが妥当なのかもしれません。
  ちなみに売春という行為は、狩猟採集から農耕という重労働を伴う生産形態への変化に伴って低下した女性の権威や性行為に関する規律に厳しく、生殖の為以外の性行為を認めないキリスト教の布教等によって社会で徐々に嫌悪の対象となっていたようですが、とはいえいかなる法律や宗教・文化も未だ売春を完全に廃止するには至っていないようです。
  この先、売春という行為がどのように変化を遂げるのか筆者にはわかりませんが、一つだけ事実があります。
  それは、売春という行為が一般社会からは生殖器の病気に罹り易く、下品で法に接触しかねない行為だと著しく忌避されていながらも、同時に多くの人々(主に男性)にとって必要とされ、普段社会では満たすことが出来ない生殖欲求の捌け口としてのセイフティーネットとして機能を果たしながら人間理性のグレーゾーンとして存在し続けていることです。

キリスト教の聖者戦略

  筆者は聖職に就くという安定戦略の説明の際キリスト教について触れましたが、今現在最も明快な聖者戦略はキリスト教であると断言することが出来るでしょう。
 キリスト教の何が最も明快かといいますと、その宗教メカニズムです。
 キリスト教の信仰は、その信仰対象であるキリストが全人類への愛と引き換えに十字架に架けられて処刑されたという怖ろしい出来事をきっかけとして生まれています(キリストが実在していたかどうか等の問題については今は触れないことにします)。
  キリスト教は、そのような人類への愛と引き換えに自らの命を犠牲にしたキリストと日々様々な罪を犯し続けながら生き続ける罪人である自己という関係性から成り立っているのです。  噛み砕いて説明しますと、僕たちはみんな全人類の為に命を捨てるキリストのような存在にはなれないよね。でも、それはしょうがないことだし、キリストの磔によって全人類の罪は贖われたんだ。だから、僕たちはキリストみたいに自らの命を捨てなくてもいい。キリストを崇め奉りながら罪深い自らを戒めつつ生きていこうという宗教です。
 つまり、キリスト教はキリストという聖者の犠牲を崇め奉ることで、罪深い自らを改めつつ他者を思いやる共同体を構築し、同時に自らが命を捨てるという自殺行為を回避する合理的な宗教であり、事実キリスト教では自殺が禁じられています。
  このようにキリスト教はとてもわかり易い宗教であり、この明快さが世界にキリスト教が広く受け入れられている主な要因だと言えるでしょう。
  しかし、完全な宗教かというと、それに疑問を唱えた人もいて、ニーチェは、キリスト教はキリストが完全な存在で自らが罪深い存在だという前提から成り立っており、これは奴隷宗教だと批判し、奴隷宗教の束縛から解放された超人の思想を掲げました。
  筆者がここでキリスト教の是非について論じようとはもちろん思っていませんが、筆者個人の感想としましては、生殖行為を戒律で禁じられているキリスト教の高僧や修道士・修道女達の姿に尊敬しつつも少々気の毒に感じることがあります。
  人類の進歩に伴って、このような宗教の在り方も何らかの方法で進歩していってもいいのではなかろうかと感じている今日この頃です。


コラム・同性愛と同性愛結婚について考える

 筆者は同性愛について安定戦略番外編の項目で触れましたが、世界各国における同性愛の歴史について考察すると、どうやら同性愛は少なくとも人間にとっては自然発生のように起こった出来事であるらしいことが判明します。
  然しながら古代には自然の現象として受け入れられていた同性愛は近代に向かっていくにつれて迫害を受けるようになります。
  その発端となったのはキリスト教の布教で、初期は同性愛にわりあい寛容だったキリスト教でしたが、性に猥らなソドムの町が神の怒りを買って滅ぼされたり膣外射精を行ったオナンが主に殺されるなど性行為に関して厳格な記述が存在する聖書を主要な宗教文書とするキリスト教は1179年第3ラテラン公会議で罪として同性愛を禁じました(この問題は現在もキリスト教徒の多い国家などで問題となっていますが、最近ではキリスト教が同性愛に理解を示す傾向があるようです)。
  更に産業革命後の合理性を重んじる社会では同性愛は罪であるばかりでなく病だという議論がされるようになり(ただ、この考え方にも一理あって、現在も脳や遺伝子などと同性愛との関連について研究が行われているようです)、ついにはナチスドイツにおいては同性愛が刑罰の対象となり、同性愛者が強制収容所へ送られ虐殺されました(この時同性愛者につけられたピンクの逆三角形は、迫害への反骨を示す同性愛者達のシンボルとなっています)。 一方で第2次世界大戦の終了後は過去のあやまちの反省に立って同性愛者への理解が深まる傾向にあり、現在では同性愛が世界で認められていることはもちろん、ヨーロッパの数カ国やアメリカのいくつかの州、カナダ、南アフリカなどの国々で同性結婚が認められています。
  ちなみに日本では今の時点では認められていませんが将来同性結婚が認められる可能性も十分にあります。
  現在世界から注目を集めている様々な細胞に分化しうる万能細胞(ES細胞)では、どうやら男性から卵子を作ったり女性から精子を作ることも技術上は可能であるようなので、将来には同性愛結婚から生まれた二人の遺伝子を受け継ぐ子供が生まれる日がやってくるかもしれませんね。

シグナリングバトル

 筆者は結婚した男女が結婚指輪を嵌めて自らが婚姻していることを周知させる行為について記述した際に、シグナリングという括弧書きを用いました。
  このシグナリングという言葉はゲーム理論でも広く用いられている用語で、シグナルという言葉が、信号という名詞としての意味や合図を送るという動詞としての意味合いを持っているように、自らの情報を相手に何らかの方法で伝達することを意味します。
  今回のケースでは男女が自らが婚姻しているという情報を指に結婚指輪を嵌めることで周囲に伝達しているわけですが、この行為の裏には男女が指輪を嵌め結婚していることを周知させることによって、他の男女からの余計な求愛行為を免れ、同時に自身が結婚していることによって周囲に信頼を与えようとする動機が存在しているわけです。
  ところでシグナリングという行為は、多くのシチュエーションで用いられています。
  例えば男性たちが自らの筋肉を鍛え、夏の砂浜や街中で敢えて自らの筋肉を露出するように闊歩するというのも、鍛え上げられた筋肉で自らの男性としての優位性を誇示しようとするシグナリングですし、女性の化粧にも自らの魅力をアピールしようとする同様のシグナリングの意図が存在するでしょう。
  更に、例えば暴力団に所属している人物が刺青を彫るというのも、自らがそのような団体に所属している事実を示し、周囲を威圧するためのシグナリングであると言えます。

  男性が高級な車を所有したがったり、女性が高価なバッグや衣服で自らを飾ろうとする行為も、自らの地位や財力といったステータスを周囲に知らしめるためのシグナリングであると言えます。
  このように、人々は自らを誇示し、あるいは自らの身を守るため、意識無意識にシグナリングという戦略を行っているのです。
  ところで、このシグナリングは人々の悩みや競争の種ともなっています。
  その典型とも言えるのが学歴競争です。今の社会ではより合格難易度の高い大学に入ることが自らの知性を誇示し、その後の出世競争や恋愛競争などを勝ち抜く為に重要なファクターであると考えられているため、学校入学を巡って受験戦争と呼ばれるような競争が起きており、この競争が偏差値偏重の学歴社会という弊害を生み出す結果となっています。  もちろん、偏差値を上げる能力も生きていくうえでは必要なファクターかもしれませんが、創造性や機転、適応力など知性には様々な形があります。
 様々な知性に注目する広い視野を手に入れることが今の私たちに求められていると言えるでしょう。


医療技術と新制度への期待―万能細胞と卵子生成―

筆者は章男性戦略と女性戦略の女性戦略の項目で女性の生殖能力の特徴を説明した際、女性の妊娠可能期間を33年とカ月という風に定義づけましたが、個人差はあるにしても、『閉経』という妊娠や出産の能力の終焉が訪れるのが女性の持つ身体的な特徴です。
 ところで、近年になって職場などにおける男女同権が進んで仕事に自らのやりがいを見出した女性が増え、女性が恋愛や結婚にあまり価値を感じなくなり、そうこうしている内に年齢も出産にとって不利と言われる40歳を超え、閉経を迎えて結果として少子化を推進しているという現象が発生しています。
 もちろん女性が社会で活躍することは社会にとっても有益で喜ぶべき出来事なのですが、それが原因で少子化が進み、女性にとっても子孫を残すという生物としての本義を果たせず、子供が減って社会全体の活気が無くなってしまっては本末転倒といえるでしょう。
 そこで私が今期待しているのは医学を用いた少子化対策です。
 21世紀に入って山中信弥氏ら日本の研究者グループによって様々な細胞に分化しうる万能細胞(ES細胞)が生成されました。
 この万能細胞、今の段階では実験段階のようですが、研究が進めば実際に人体の様々な細胞として現場医療で用いられる日がそう遠からずやってくるでしょう。
 ちなみに万能細胞から卵子を作る研究も現在行われていると言います。
 そこで提案なのですが、将来万能細胞から卵子を形成することに成功した暁には、閉経を迎えた女性が結婚した場合に、万能細胞から形成した女性の卵子によって妊娠・出産を行えるような制度を作ってみてはどうかと思うのです。
 当然ながら万能細胞によって子供を産もうとする男女に既に子供がいないかどうかというチェックを公的に監査する機関などを設置する必要があり、施行には困難を伴うでしょう。
 しかしながら、このような制度が整えば女性は安心して自らの仕事に従事でき、仕事のない女性には代理母(高齢の女性の場合は子供を宿すことが難しくなるでしょう)等の新たなる仕事の機会が増え、同時に子供が増えて社会の活気も増し、人類に新たなる夜明けが訪れることになると思うのです。
 この手法がさらに発展すると、血液検査ぐらいの感覚で私達のDNA情報が保管され、その情報を基に人を生みだす技術へと発展するでしょう。

 ともあれ
建設性のある議論が行われ、閉経女性にも子供が実際に産める社会が来ることを願って止みません。                

生命保存確率=淘汰生存確率×環境生存確率


 不死やクローンを作成出来るようにならない限り生命は必ず死を迎える運命にあり、自己分裂によって増殖する原始生物を除いて異性との間に自身の複製(正確には半複製)である子孫を残し、その子孫が再び子孫を残すことを延々と続けていくことだけが自己の生命を不完全ながら保存していく唯一の方法となります。
 ところで当然ながら実際は全ての生命が自己を保存出来るとは限らず、多くの生命が自己保存を行う前に何らかの原因で死滅してしまいます。人間においても残念なことに子孫を残す前に亡くなってしまう方々は世に多くいらっしゃいます。
 この生命保存確率は淘汰生存確率×環境生存確率で表すことが出来ます。
 淘汰生存確率とはこの式の際、生命自体が配偶子との間に子孫を残せる確率でそれはその生命が生存しうる環境が存在する確率です。
 ところでこの生命保存には多くの困難が存在しています。
 まず淘汰生存確率ですが今の私達を取り巻く社会が示しているとおり、最も文明の発達した平等の権利を重んじる人間においても不完全な今の社会では全ての人々が子孫を残すことが出来ていません。
 更にもし淘汰生存、つまり子孫を残すことに成功したとしても環境生存確率という更なる暗礁が私達を待ち構えています。例を挙げると恐竜という種は大昔生物の頂点に立ち繁栄を誇っていましたが巨大隕石の衝突によっていともあっけなく滅んでしまいました。
 人間にとってもこのような事態は起こりうることであり、そればかりか私達を照らす太陽や私達の住む地球、そしてそれら全てを包有する宇宙さえもが長期的に死を迎えることが科学の発達によって今明らかになって来ています。つまり今のままだと天文学的長期スパンで考えた時、人間の環境生存確率は0パーセントであり、0に何を掛けても0なのでゆえに生命保存確率も0パーセントになってしまうと考えられているのです。
 ところで人生に役立つゲーム理論4章で論述を行った進化的に安定した戦略
(Evolutionarily Stable Strategy)を数値的に表すと生命保存確率が最も高くなる淘汰生存確率×環境生存確率の組み合わせとなります。
 ところでこの公式は様々な場面に応用可能です。例えばどこかの企業(業界)に就職する際にあなたが就職した企業(業界)でリストラや出世競争に生き残っていける確率(淘汰生存確率)×その企業や業界があなたの退職まで生き残っていける確率(環境生存確率)を考え、その数値が最も高い企業に就職するといいのです。
 生命保存確率=淘汰生存確率×環境生存確率、是非とも記憶してください。

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